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日常のつぶやき
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    久しぶりのGW小説、めちゃめちゃ楽しかったです♪




     素直な気持ちで暴走した結果、見事にウイルスに感染し熱を出した蓮川は、有給後の仕事量を想像し悶絶した。


     が、無理をすることは忍に許されず。このくらいの熱なら、全然大丈夫と出勤しようとしたところ、移される危険性のある周囲の迷惑を考えろと論破され、泣く泣く自宅療養となった。


    (暇だ……)


     身体も痛いし、ぼーっとするし、喉も痛くはあるけれど、ただ寝ているばかりというのは性に合わず、動きたくて仕方なくなる。しかし。


    「寝てろっつの」


     ベッドから身体を起こした瞬間、丸めた新聞紙で頭をはたかれ、蓮川はわなわなと肩を震わせた。


    「なんで光流先輩がいるんですかっ!?」


     仕事はどうしたんですか仕事はと、蓮川は例のごとく噛みついた。


    「せっかくの有給、俺だって好きなことしてーよ」


     ベッド脇に座っていた光流が、不機嫌そうに言い放つ。


    「だったら好きなことして下さい! 俺のことは放っておいてくれて大丈夫なんで!」


    「残念ながら、おまえをいびることが俺の生き甲斐だ」


     光流はにやりと笑って、今まさに好きなことをしてると断言した。


     蓮川がますます肩を震わせる。


    「やっぱ仕事行きます」


    「忍に言いつけるぞ」


     低い声で光流が言うと、蓮川はうっと声を詰まらせた。


     そしてこれは絶対に忍からの言いつけに違いないと確信した。仕事で見張れない自分の代わりに光流を派遣したとしか思えない。相変わらずこの人達はと、蓮川は高校時代と同様に嘆いた。 


    「どーせあれだろ、風邪ひいてるにも関わらずいちゃこらいちゃこらしてたおかげで移ったんだろ? そういう不純なことばっかしてるから、バチが当たったんだよ」


     再度ポカリと新聞で頭を殴られ、蓮川はジロリと光流を睨みつけた。


    「光流先輩に言われても何一つ納得できないんですけど……っ」


     蓮川の声を無視して、光流は立ち上がった。


     部屋を出て行き、数分後に戻ってきた光流に、スプーンが入った小鉢を手渡される。中には摩り下ろしたりんご。


    「保険医に聞いた。おまえが風邪ひいた時はこれだって」


     どこか照れ臭そうに、ぶっきらぼうに光流が言った。


    「あ、ありがとうございます……」


     蓮川もまた、照れ臭そうに小さく言う。


     そういえば、幼い頃から風邪をひいた時の定番だった。っていうか、いつの間にそんな情報を。


     なんだかくすぐったいような気がするのは、きっと懐かしさのせいだ。


     そう納得して、蓮川は甘酸っぱいりんごを喉の奥に流し込んだ。




    「すかちゃん、大丈夫~? やだ、まだ熱がある~」


     チャイムもノックもなく、忙しなく入って来るなり、額に手を当て至近距離で言う瞬を目前に、蓮川はもはや突っ込む気力も失っていた。


     おまえは俺の母親かと、うんざりした顔でうなだれる。


    「仕事はどうした、仕事は」


    「大事な犬が具合悪いって言ったら、みんな早く帰ってあげてって。優しいよね~」


    「俺は犬かっ!」


    「吠えない吠えない、鼻血出ちゃうよ?」


     もうシーツ洗うの嫌だからねと、瞬は笑いながら言った。


    「それにしても、忍先輩の風邪もらうなんて、すかちゃんのエッチ~」


    「頼むから放っておいてくれ!!」


     瞬にからかわれ、蓮川が顔を真っ赤にして言い返す。 


     すると突然、くらっと眩暈に襲われ、蓮川はバタッと倒れこんだ。


    「うわ、熱あがってる~」


    「おまえ絶対からかいに来ただけだろ」


     光流が目を据わらせ言った。


    「だって楽しいんだもん」


    「変わんねぇよなぁ」


     俺らも、こいつも。


     光流がそう言うと、瞬は嬉しそうに微笑んだ。



     


     もう本当に頼むから一人にしてくれ。


     騒がしすぎる面々を前に、そう思ったことは数知れず。


     よくあの寮で三年間も過ごせたなと、我ながら感心する蓮川であった。


     夜になって忍が仕事から帰り、ますます騒がしくなること数時間。熱にうんうんとうなされながら、静かに寝かせてくれと懇願するも、入れ替わり立ち代り面倒を見に来るという口実でからかってくる三人に限界を感じ、最後には誰も入ってくるなとブチ切れて。


     光流と瞬が自宅に戻り、ようやく静けさを取り戻したものの、風邪の具合はますます酷くなっていた。




    「まだ怒ってるのか?」


     アイスノンの交換をしに来た忍が、声も発さない蓮川に問いかける。


    「……怒ってません。しんどいだけですから、大丈夫です」


     穏やかな口調ではあるが、どこか突き放すようにも感じられる言い方に、忍は仕方なさそうに息をついた。そっと蓮川の手に自分の手を重ねる。


     蓮川が光のない瞳を忍に向ける。苦しいのを必死で我慢している様子を前に、忍は先ほどまでの悪ノリを反省した。光流や瞬といると、つい高校時代の感覚に戻ってしまう。蓮川が本気で嫌がっていると、わかっているのに。


    「悪かった。……もうしないから」


    「何をです……?」


     意外にも蓮川が本気でわからないといった表情をする。


    「からかわれるの、嫌なんだろう?」


    「ああ……そりゃ嫌ですけど、いまさらですよ」


     力なく笑う蓮川の言葉は、どうやらそこまで本気で嫌がってはいない様子だ。忍は安堵した。もし自分だったら、蓮川と同じように許すことは出来ないだろうと解っているから。何度踏みつけられても立ち上がる雑草のような強さ。逞しさ。それは、彼が人一倍大人であることの証明なのかもしれない。


    「大丈夫ですから、少し一人にしてもらえますか」


    「傍にいたら、迷惑か?」


    「そうじゃなくて……、誰かにいられると逆に気を使っちゃって、落ち着いて休めないんです、昔から」


     蓮川はそう言って遠慮がちに笑う。


    「……わかった」


     忍は静かに頷いて、蓮川の部屋を出てドアの扉を閉じた。 


     一人きりのリビングでソファーに座り、寂しさを覚えながらも、蓮川の言葉に納得せざるをえないのは、その気持ちがよく解ったからだ。


     昔から、傍に人がいると落ち着かない。騒がしい場所も苦手で、出来る限り静かな場所で、静かな時間を過ごしたい。だから緑林寮で暮らしていた時も、時折、息の詰まるような感覚に襲われることがあった。24時間いつでも騒がしいあの寮で、思えばよく三年も過ごせたものだ。


     特に同居人のいびきのうるささには、何度殺意を覚えたか。思い出し、忍は失笑した。


     それでも翌日には許せてしまうのは、それ以上に、あの騒がしい日々が愛しいものだったからかもしれない。


    (ああ……)


     だからか、と忍は不意に納得した。蓮川がどれだけからわかれても、理不尽な想いを抱えても、怒りを覚えても、許せる理由。


     忍は蓮川の部屋を見つめ、静かに微笑んだ。


     一人きりの今、何を考えているのだろう。何を想っているのだろう。寂しくはないだろうか。あんな、不安だらけの状態で。


     いくら一人でいる事が落ち着くと言っても、それを頭から信じて良いのだろうか。




    『忍くーん、一緒に寝ようぜ~』


     ふと忍の頭の中に響く、あの頃の声。


    『ウザい、一人で寝ろ』


    『なんでだよっ、俺達愛し合ってんだろ!?』


    『いくら好きでも、四六時中一緒にいるのは限界がある』


    『おまえってそーいうとこほんと冷めてるよな』


     俺はこんなにこんなに好きだし一緒にいたいし24時間抱きしめていられるのに。本気でそう言う光流に、本気で理解できないと思った、あの頃。


    『じゃあ、1時間だけ』


    『5分までが限界だ』


    『わーったよ! 5分な!』


     そう、光流がいつも譲歩してくれて。


     きっちり5分だけ抱きしめさせてやった時の、息苦しさ。戸惑い。拘束感。でも、5分だけならなんとか我慢できる。頼むから早く解放してくれと願いながらも、1分後には、まぁいいかと、もう少しだけ我慢してやると思えた、あの頃。


     そうして気が付けば覚えていた、抱きしめられることの優しさ、心地良さ、安堵感。


     もしかしたら自分はずっと、抱きしめられることに不慣れだっただけで、本当はずっと寂しかったのだろうか。


     ぎゅっと胸が締め付けられるような切なさを感じながら、ようやく理解した心の奥底の自分。


     蓮川ももしかしたら、同じなのかもしれない。幼い頃から一人きりで過ごすことに慣れすぎて、忘れてしまっているのかもしれない。


    (5分だけ……)


     光流みたいには、絶対に出来ないけれど。


     やってみないと解らないことだって、あったじゃないか。


     忍はソファーから立ち上がり、蓮川の部屋に向かった。



     


     しんとした静かな部屋の中、蓮川は安心したように溜息をついた。


     やっと、ゆっくり眠ることが出来る。


     蓮川は布団の中で寝返りを打って、そっと目を閉じた。 


     やっぱり一人の時間が好きだ。誰にも気を遣わずに済むし、誰にも干渉されず、心穏やかでいられる。


     忍には悪いけれど、いくら好きな相手でも、一緒にいられる時間には限界があるのだ。


    (冷たいのかな、俺……)


     何故か悶々と沸いてくる罪悪感に苛まれ、蓮川は表情を暗くする。


     普通、好きなら24時間一緒にいたいとか、ずっと抱きしめていたいとか、1分たりとも離れたくないと思うものじゃないのだろうか。


    (実はそんなに、好きじゃないとか……?)


     ふと頭の中に沸いた疑念を振り払うように、蓮川は首を振った。


     そんなわけない。絶対にそんなわけない。好きなのに。こんなに好きで好きで堪らないのに。


    (じゃあ、何で……)


     一人でいたいなんて、思ってしまうのだろう。


     罪悪感で息苦しさばかりを覚える蓮川の耳に、ドアの開く音が響いた。隙間から漏れてくるリビングの明かりと共に、忍が姿を表す。


     まだ枕は冷たいし、何の用だろうと身体を起こすと、無言で歩み寄ってきた忍が、ベッドの端に腰を下ろすなり、首に腕を回して抱きついてきた。


    「え、あの……」


    「5分だけ」


     どうしたんですかと尋ねる間もなく、忍が耳元で口を開いた。


    「5分だけ……だから」


     静かに囁く、低い声。


     蓮川はそっと忍の背に手を回した。


     もしかして、また寂しい想いをさせてしまったのだろうか。内心オロオロしながら、遠慮がちに抱きしめる。


    「す、すみません……」


    「なんで謝るんだ」


    「ま、また寂しい想いさせちゃったかなって……」


    「……違う。おまえが寂しいんじゃないかって想ったからだ……」


     忍の言葉に、蓮川はただ戸惑うばかりだった。


     寂しいという感情がどういうものか、思い出せなかったから。


    「いや、俺もう、そんな子供じゃないので……」


    「子供だから寂しいってわけじゃないだろう……」


    「それはそう……ですけど……」


     じゃあ、どうすれば寂しいと感じられるのだろう。蓮川はますます戸惑う。そんな蓮川の心の内を察したように忍が言った。


    「おまえは、一人でいるのに慣れすぎてるんだ」


    「え……そんなことは……」


     蓮川は否定するが、忍は言葉を続けた。


    「一般的な子供のそばには、いつも母親か父親がいる」


     忍が言うと、蓮川はふと何かに気付いたように目を見開いた。


    「でも俺のそばには、いつも兄貴が……」


     違う。そんなことはないと。蓮川の心の声が叫んだ。


    「誰もいない夜を、何度も過ごした記憶は……?」


     そんな蓮川の心に、忍は躊躇することなく入り込んでいく。そうしなければ、辿り着けない場所があると解っていたから。


     頼むから、心を開いてくれ。そう願う忍の傍で、蓮川の心臓がドクンドクンと脈打った。



     違う。そんなことはない。俺はいつだって、幸せだったはずだ。


     蓮川は心の内で自問自答した。


     幼い頃からどんな時も、兄が傍にいてくれた。頭が良くて、何でも出来て、カッコ良くて、誰もが凄いと認める自慢の兄。母親が他界してからも、何一つ変わらず、昼間は大学に通い、夜は働きながら、精一杯自分を育ててくれた、尊敬するべき兄が。


    『世の中にはな、みんなが寝てるあいだ働いてる人だって多勢いるんだ。そういう人がいるからこそみんなの生活が保たれているんだぞ!』  


     兄の言うことは、いつだって絶対だった。 


     そうだ、その通りだ。真夜中にも頑張って働いてくれている人がいるから、世の中は成り立っている。そんな凄い仕事をしている兄は、やはり誰よりも立派な人で。俺は、絶対に足手まといになっちゃ駄目なんだ。だから。


    (怖くない……)


     誰も居ない一人きりの真夜中。


     時折、古い家がミシッと音をたてる。そのたびにビクッと肩を震わせ、布団の中に潜り込んだ。


    『オバケがこわいって、バカだな、一也。うちにいるおばけならおかあさんにきまってるだろ』


     そうだ。兄がそう言ってたじゃないか。うちにはいつもお母さんがいて、傍で守ってくれてるから大丈夫。


     必死に自分にそう言い聞かせて。


     真っ暗な夜も、嵐のような風が吹く夜も、雪が降る凍えそうな夜も、大丈夫大丈夫と心の中で唱えながら、一人きりで震えた夜。


     このまま、弘兄が帰って来なかったらどうしよう。一人になったらどうしよう。誰に言えばいいんだろう。どこに行けばいいんだろう。


     違う、大丈夫。大丈夫。朝になれば、いつもみたいに絶対に帰ってきてくれる。


    (怖くない……!!!)


     泣いてしまえば、恐怖に呑み込まれる。だから何度も泣くなと自分を殴り続ける。男なんだから、しっかりしろ。足手まといになってたまるもんか。いつか俺も弘兄みたいになるんだ。弘兄みたいな立派な男に。だから頑張らなきゃ。泣くな、泣くな、泣くな!!!!!


     そう決意を胸に、一生懸命眠りについて。


     いつの間にか、一人きりの夜も全然平気になっていた、あの頃。



     


    「あ……れ……」


     突然のフラッシュバック。蓮川の瞳から無自覚に涙が溢れた。


     なんで、泣いてるんだ、俺。


     混乱する蓮川を、忍は強く抱きしめる。


    「おまえは、強いな……」


     忍は静かに口を開いた。


    「俺は……諦めてばかりいた。どうせ人は一人だ。世の中はこんなものだ。期待したって仕方ない。……弱かったんだな。でもおまえは違う。一人でも、強く闘ってた。だから……人一倍、大人になるのが早すぎただけなんだ」


     一人きりの寂しさに打ち勝って、忘れるくらい。


     一人で生きていくことが、当たり前になるくらい。


     だから、そんなに自分を責めなくても大丈夫。


     そう忍に心で抱きしめられたら、抑えていた感情が溢れ出して、ますます涙が止まらなくなった。


    「俺……寂しかったんですね……」


     本当は、寂しくて寂しくて、叫びたかった。早く帰ってきて。誰か助けて。一人は怖い。辛い。不安。……寂しい。寂しい。寂しい。


     そう、叫んでいたのに。


    「俺より鈍いやつなんて、おまえくらいだ、馬鹿……」


     やっと気付いたかと、忍がありのままの心を受け止めてくれる。


     偉かったなって、褒めてくれる。あの頃の、頑張った自分を。


     だから、何も否定することなんてない。馬鹿な自分のままでいいんだ。


    「5分じゃ、全然足りないです……」


     まるで小さな子供のように泣きながら、蓮川は言った。


     ずっと傍にいて欲しいと、初めて願った夜。


     寂しいと、素直に思えた夜。



     もう、頑張らなくて良いんだ。


     頑張らなくても、きっと、これまで以上に強くなっていける。


     泣かないことが強さなのではないと、知ることが出来たから。


     無理をしない生き方を選んだ兄のように、大切な人を守ると決めた兄のように。緩やかに、優しく、愛する人に囲まれた穏やかな日々を手に入れたい。 


     だから、強くなるんだ。


     この人を、永遠に守っていくために。




    「なんかすげー腹立つわー」


    「うん、腹立つことこの上ないね」


     いったいぜんたい何があったのか、完全に一皮向けて人前でも堂々と忍に甘えまくる蓮川を前に、光流と瞬は眉間に皺を寄せた。


    「忍先輩、ハンバーグは目玉焼き乗ったのがいいです」


     相変わらず遠慮がちながらも、微笑みながら、語尾にハートマークがつきそうな穏やかな口調で蓮川が言う。


    「今から焼くから座って待ってろ」


     忍は仕方ないといった口調ながらも、どこから見ても嬉しそうで。どうやら世話を焼くことに喜びを感じている様子。 


    「ウインナーは切れ目いれてくださいね(はぁと)」


    「それも解ってる。サラダのトマトは小さく切るんだな(はぁと)」


     どこの新婚さんですかとつっこみたくなるほど平和な二人を、光流と瞬は僻み全開で見つめるものの。


    「まあでも、なんか良い感じ」


     これまで遠慮ばかりだった蓮川が、素直に甘えている光景は、微笑ましくもあり。


     瞬はにっこり微笑みながら言った。


    「大人になったねぇ、忍くん」


     光流は光流で、かつての自分のように幸せいっぱいに恋人の世話を焼く忍を前に、ハンカチで涙を拭う今日この頃であった。



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